[対談インタビュー] 脳科学者・茂木健一郎氏に聞く。
「早起きは三文の徳」ということわざもあるように、多くの人が、朝型生活は良いことであると思っています。では、いったい何が良いのでしょう。
ご自身も朝型のライフスタイルを実践し、『脳を最高に活かせる人の朝時間』(すばる舎刊)の著者でもある脳科学者・茂木健一郎さんにお話を聞きました。
■人生の充実は、
朝の2時間をどう活かすかで決まる
ーー 脳と朝型のライフスタイルとの関係について教えてください。
そもそも脳は、周囲が明るくなったら起きて、暗くなったら寝る、というサイクルを繰り返しています。電灯など人工的な灯りができて、現代人の生活は全体的に夜型にシフトしていますが、本来、脳は、朝、太陽の光を浴びることで、さまざまなホルモンを分泌する回路が働き始めます。ですから、朝活というのは、脳の本来のリズムにあった活動で、無理なく、ストレスなくできる活動であるといえます。
ーー 著書にも、朝に新しい情報を入れた方が吸収がよい、と書かれていましたね。
そうですね。脳は、活動していると、どんどん未整理の情報が溜まっていくのですが、夜寝ると、睡眠を通して情報が整理されます。ですから、朝起きたときというのは、脳のなかの情報がきちんと整理されていて、新しい情報を入れたり、クリエイティブなことをする状態が整っているのです。目覚めてから2時間くらいを「黄金時間」と呼ぶのですが、このゴールデンタイムをいかに活かすかが、人生をどうやって充実させるかという意味で非常に大きなポイントになってくると思います。
■よい朝活のためには
前夜の眠りの質を上げる
ーー ですが、どうしても朝起きられない、という人も多いと思います。
実は、朝型の活動をするためのいちばんの条件は、前の晩にあります。前の晩にとにかく早く寝て、良い睡眠を取ることがもっとも大事。そして、そのためには、「寝る前にリラックスするためのプロセスを自分なり確立している」ことが非常に大きなポイントになります。僕の場合は、夜寝る前には必ずイギリスのコメディを見ます。寝る前に、ものを考えてしまうと眠れなくなってしまうので、本当に頭を空っぽにできる大好きなコメディを見て寝ることにしているんですね。
このプロセスは、人によって違うと思います。お風呂に入ったりだとか、ちょっと読書をしたりだとか、あるいは音楽を聞いたりだとか。みなさん自分なりのリラックスの儀式があると思うのですが、それまでの活動のモードからガラッと切り替えてリラックスの儀式に入ることで、脳全体が眠れる状態になっていくのです。逆に言うと、うまくそこでオフできないと眠れなくて、眠れなくて困ったなと思っているうちに睡眠不足になって、また朝もだめになるという悪循環に陥ってしまいます。つまり、「朝の活動ができる状態に生活全体のサイクルを持っていけるかどうか」が、「その人のライフスタイルがうまくいっているか」という、いいリトマス試験紙になるといえますね。
ーー なるほど。早起きのポイントは前夜にあったんですね。
そうです。僕は、子どもの頃から朝が得意だったので、この『脳を最高に活かせる人の朝時間』という本を書くとき、とても不思議に思いました。そんなこと当たり前じゃないか、って。けれども、この話を持って来た編集者に、朝にどうしても調子が出ないという人が非常に多いということを聞いて、朝の活動に至るライフサイクルの大切さに気づいたのです。僕自身は、1分もあれば寝られるんですけどね(笑)。
■睡眠中の脳は
覚醒時よりも働いている?
ーー 脳を休めるためには睡眠しかない、ということも述べていますね。
はい、これは今の脳科学の非常に新しい知見なのですが、睡眠というのは、実は脳が休んでいる状態なのではなくて、目覚めているときとはまた違う活動モードでいろんなことをしている状態であることがわかっています。そのうちのひとつが情報の整理。つまり、目覚めている間、オンラインでどんどん情報が入ってくると、その処理にいっぱいいっぱいで情報の整理ができなくなる。だから、睡眠中、オフラインにして情報を遮断した状態で自分の経験はどういうものであったかということを整理しているんですね。ですから、睡眠時の脳活動というのは、むしろ覚醒時よりもレベルが上がっているというようなケースもあるんです。
ーー それは、おもしろいですね。
よく、眠るのは時間がもったいないというようなことをおっしゃる方もいますが、我々から言わせれば全く逆で、眠っているときはむしろ、目覚めているときよりも脳が活動しているかもしれないのです。だから、睡眠は戦略的に取ってほしいですね。睡眠を取ることも前向きに生きることのひとつ。そういう意味において、多いに眠っていただきたいと思います。
ーー 先日、アインシュタインなど、偉人と呼ばれる人たちは、意外と睡眠時間が長い、という記事を読みました。
特に、クリエイティブなことをする人は、睡眠を十分取らないと発想のタネが尽きてしまいますね。漫画家の浦沢直樹さんは、コマ割りをして台詞を割り振っていくというネームという作業に行き詰まると、ソファの上で10分くらい仮眠するそうです。目覚めるとアイデアが生まれていることがあるんだ、と。まさに浦沢さんは、漫画家としてクリエイティブギリギリに追いつめてやっていらっしゃる方だと思うのですが、そういう方こそ戦略的に睡眠を取っている。睡眠と創造性とは、非常に深く関係していると言えそうです。
■早起きをするには
“アメ”の用意を
ーー 睡眠の大切さがよくわかりました。ところで、茂木さんはどんなふうに一日を始めるんですか?
そうですね。今朝も京都のホテルで起きて、すぐ原稿を書いたり、学生の書いた論文の直しをしたり…。イメージで言うと、起きたらすぐ、パーンとピークに立つ感じですね。なだらかに上がっていくのではなく、起きた直後に一気にピークに達します。朝食を取る前に、仕事を済ませていることも多いんです。
ーー 飲まず食わずで?
いえいえ、僕の場合は、コーヒーとチョコレートですね。朝が苦手な人は、起きてあそこまで行くと自分の好物があるという状態にしておくといいですよ。脳が勝手にそっちへ行こうとするので。
ーー 先日、早起きをするための工夫について、アンケート調査をしました。すると、大きく2つに分類できることがわかったんです。
2つ?
ーー ええ。アメとムチの法則でいう、アメを与えるパターンと、ムチを与えるパターンの2つです。
僕の、コーヒーとチョコレートは完全にアメですね。ムチとはどんなものですか?
ーー たとえば、部屋のあちこちに目覚まし時計を置く、といったことです。寝ても寝てもベルが鳴り続けるように。
なるほど。脳科学的にいうと、アメの方がいいですね。止めても止めても鳴る目覚まし時計は、効率が悪いと思います。よく知られていることですが、睡眠サイクルというのは、1.5時間が1サイクルで、浅い眠りと深い眠りが交互になっているのですが、この浅い眠りのときに自然に目覚めるのが理想的な目覚めです。
たとえば僕は、目覚まし時計をある程度余裕をもってセットしておいて、ベルが鳴る前に起きます。浅い眠りの部分で自然に起きると、目覚めたときに意外とすっきりしているので、“アメ”ですっと起きることができますが、深い眠りのところで目覚ましが鳴ると、止めてまた寝て止めて、ってやるんですね。これは、中途半端な眠りを繰り返すだけなので、睡眠サイクルにとっては、とても無駄です。アメとムチでいうならば、ムチの方は使わない方がいいと思います。
ーー ベッドに、シャワー用にお気に入りのタオルを置いておくという人もいました。
いいですね。そうやって、起きて活動を始めるための自分なりプロセスを確立させておくといいんです。そして、そのプロセスは、毎回変えるのではなく、もうほとんど無意識の状態でできるほど習慣化することで、朝のその導入がスムーズになると思います。
■朝を自分で
プログラムせよ
ーー 毎朝、ツイッターで連続ツイートをしていますね。ほかには何をしていますか?
メール、ツイッター、最近ではラインなどの返事をして、それが終わったら連続ツイートをして、それが終わったら仕事をして、という流れですね。僕の朝は忙しいですよ(笑)。皆さんもそうだと思うのですが、スケジュールって自分の思い通りにならないですよね、相手の都合がありますから。けれど朝は、自分でプログラムを組み立てることができる。そういう意味でも朝の2時間はゴールデンタイム。もっとも脳のコンディションがいいし、もっとも自分自身でプログラムできる。ゆえに、この2時間をどう大切に使うかで人生変わって来てしまう。
1日2時間、年間で考えたら、約700〜800時間。マルコム・グラッドウェルという人が「1万時間の法則」ということを言って非常に話題になりました。どんなことでも1万時間やると自分のものになる、という話です。朝の2時間を1年続けて、それを十何年続けたら1万時間。例えば、学生時代からだとすれば、卒業して社会に出て、30歳半ばといったところ。ちょうど脂が乗り切ったころですよね。そのときどういう状態なのかが、そこまでの10年余りの朝の2時間の使い方で決まってくるので、そこをきちんと使っていない人はダメだと思います。
ーー もったいないですね。
まさに「もったいない」です。ですから、今まできちんと使えていないという方は、これからでも心を切り替えれば、5年後10年後は全然結果が違ってくるんじゃないかなあと思いますね。
ーー 最後に、これから「京都朝げいこ」のクラスを受講しようとしている人へひとことお願いします。
朝げいこは、3つの意味でいいものです。ひとつは、先ほども言いましたが、朝は、自分の時間として自由になる。仕事などとは関係のない好奇心を追いかけることができる時間だということがまず1点目です。2点目はやはり、脳の状態が圧倒的にいいということです。朝げいこを、脳の黄金時間にやることで吸収も良くなるし、いろんな発見も気付きもあると言えます。そして3点目は、人とのネットワーク。会社や学校、家庭などという決まったネットワークだけだと「セレンディピティ」(偶然の幸運)になかなか出合えません。普段のネットワークとは違うネットワークに朝げいこを通して出合うことは、自分の人生の可能性を広げることになると思います。
そういう意味において、朝げいこは、人生を充実させる上で、非常に大事なきっかけになるんじゃないでしょうか。
脳は、1日の最初にある程度活性化させてピークに持っていった方が、1日の活動密度がぐんと高くなります。ぜひ、朝げいこで、朝いちばんに脳の活動をピークに持っていって、で、その調子で1日を過ごせば、非常にすばらしい生活が送れるんじゃないかと思います。
文=清塚あきこ 撮影=studio Fit 場所=「京都朝げいこ☆フェスタ2014」